「差別語」にまつわる物語
北朝鮮、具体的には朝鮮民主主義人民共和国を指す言葉として「北鮮」という言葉がある。この言葉は、現在の日本ではおそらく「差別語」として忌避されているもののひとつだ。また、それに関係するものとして朝鮮人を表す「鮮人」も同様に「差別語」とされている。
「北鮮」「鮮人」を差別語と主張する人がどのような論理を用いているか。たとえばこの岩垂弘の記事「いまなお残る差別語 - リベラル21」は、その典型的なもののひとつだ。この記事の中で、岩垂は「北鮮」や「鮮人」が差別語であることの論拠として『朝鮮人差別とことば』(1986年/明石書店)を引用している。以下はその孫引き。
私たちは、先に、朝鮮人をさす呼称「鮮人」という言葉が、一九一〇年の日本の朝鮮植民地化とともに生まれ、「大日本帝国の植民地支配下にあり、民族国家として独立できない気の毒なだめな人々」という語感をもつ、帝国主義的な侮蔑の言葉として使われてきたことを明らかにした。そこでくわしくのべたが、「鮮人」という言葉の発生について、もう一度要約すれば、次の通りである。
一九一〇年以前には、「鮮人」という言葉はまったくなく、韓国人・韓人・韓民という言葉を中心に、朝鮮人という言葉も併用されていた。それが、一九一〇年八月の「日韓併合」とともに、朝鮮が独立国家であることを否定する意図から、従来の「韓国人」「韓人」の使用が禁止された。そして一旦は、「朝鮮人」が多く用いられていたが、一九一〇年一〇月頃、急に「鮮人」という言葉が新聞紙上に見えはじめ、短期間内に急激に一般化していった。「朝鮮」が国家であることを否定して「大日本帝国の植民地朝鮮」という意味で用い、しかもわざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法は、「鮮人」だけではない。ごくひんぱんに使われた言葉だけをあげても、「日鮮」「内鮮」「満鮮」「在鮮」「渡鮮」「北鮮」「南鮮」などがあり、そのいずれもが、「鮮人」とあい前後して同じ理由から生まれた帝国主義言語である。
上記のうち、「鮮人」という言葉が「大日本帝国の植民地支配下にあり、民族国家として独立できない気の毒なだめな人々」という語感をもつ、帝国主義的な侮蔑の言葉として使われてきたこと」は、一面で事実であったと思う。その点について異論のある人も多いだろうが、ここではいったん事実と仮定しておく。
そのうえで、上記引用部分における「鮮人」という言葉の由来についての見解は、ほぼデタラメである。
当時の日本人が《「朝鮮」が国家であることを否定して「大日本帝国の植民地朝鮮」という意味で用い》たのはその通りだっただろう。しかし、日本は大韓帝国を併合して大日本帝国の一地方とし、「内鮮一体」をスローガンに掲げて朝鮮人を日本人化しようとしたのだから、「国家であることを否定」した用語が使われたのは時代状況からすれば当然だ。それが植民地主義・帝国主義として批判されることは当然だとしても、その批判はなお「鮮人」という語そのものの意味や成り立ちやとは関係がない。
『朝鮮人差別とことば』は、次にそれらの傍証として《わざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法》を問題にする。そしてその「わざわざ下の文字だけをとっ」てつくられた朝鮮人にまつわるさまざまな熟語を、「帝国主義言語」だとする。
しかし、これはとくに侮蔑対象、差別する対象に向けた特殊な造語法でもなんでもなく、日本語の地名造語法としてはごく一般的なものなのだ。
たとえば東京と名古屋を結ぶ高速道路は東名高速だが、名古屋と大阪を結ぶ道路は名阪自動車道である。大阪神戸を合体させた「阪神」という言葉は大阪の部分が「わざわざ下の文字だけをとっ」てつくられているが、だからといって大阪を神戸より下に見たものだと考える人はいないだろう。あるいは、旧出羽国である秋田県は当時羽後と称され、現在でも秋田県北は北羽と呼ぶ。旧伊予国であった愛媛南部は南予地方である。すなわちこの《わざわざ下の文字だけをと》る造語法は帝国主義とも侮蔑とも、まったく無関係であり、「わざわざ」という認識そのものが先入観による後付の解釈にすぎないのだ。
「北鮮は差別語」と思っている自称リベラルな人達の中に、この「わざわざ頭の文字をとった」ということを問題視している人は多く、そういう人たちが発生したのも80年代末ぐらいだったように記憶しているが、そのソースがこの明石書店の本だったのかどうかは知らない。しかしこの《わざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法》については、ネットではまことしやかに、あるいは使用者に対する侮蔑を込めてこのような語られ方をするのだ。
じゃ、「北朝鮮」が「北鮮」でいいなら、「こまち」さんも「こち」でいいわけだ。今度からそう呼びましょうか?
(「追い出せ!強のトリ」掲示板 における高橋亨の発言)
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/sabetsu-hokusen.htm
こんなものはダジャレによるいいがかりにすぎない。
ある語彙が侮蔑的な意味で使われ、それによってその語彙で指し示される当事者たちが不快に思うということは往々にして起こりうることであり、それを受けてその語彙の使用を控えるということは当然にあっていいことだし、推奨されるべきでもあるだろう。しかし、それはその語彙が「元から差別的な意味合いでつくられた言葉」であることを意味しない。
「差別語」の理論構築には、このようにしばしば言語学・日本語学的な観点から見れば噴飯ものでしかないこじつけ、ダジャレ、語源俗解(字面に引きずられてあとからこじつけの解釈をすること)の類が紛れ込んでいる。そしてその部分が「みんなが侮蔑や差別の意味を込めてこの言葉をつくり、使用したのだ」という負の物語として語り継がれていくのだ。これは一種の都市伝説である。さらにそれらの語彙を「差別語」という呼称でカテゴライズすることによって、その物語は固定化され、再生産される。なぜなら、「差別語」は、文字通り「差別のための言葉」「差別用に使われる言葉」と解釈されるのが普通だからだ。
まずここまでをまとめておく。
- 「北鮮」「鮮人」という言葉が内地・外地の朝鮮人を侮蔑する言葉として使用されたのは事実
- しかしそれは「鮮人」という語がもともと差別的な成り立ちを持っていたからではない
- 「差別語」認定されることで、後からそのような「成り立ち」が捏造されることがある
「北鮮」に関しても、同じような「物語」がまことしやかに語られてきた。しかし少し年のいった人なら、自分より上の世代、父母祖父母の世代の人がごく普通に「北鮮」という言葉を使っていたの記憶しているはずだ。冒頭に紹介した岩垂弘のブログ記事からして、その体験から書き起こされている。
暮れに西日本の牧師から送られてきた個人通信を読んでいて、目を見張った。「北鮮」という文字があったからである。
(中略)
私はいまでも大学時代の同級生とたまに会って雑談を交わすが、話が朝鮮民主主義人民共和国のことに及ぶと、彼は盛んに「北鮮が」「北鮮は」と口にする。
岩垂はこれらの体験から「こうした差別語がいまだにまかり通っていることに改めて日本人の歴史認識の希薄さを痛感した」と言うが、これは自身の歴史認識による先入観と日本語への無知無理解からくる誤解である。《日本人の歴史認識の希薄さを痛感》することは私もしょっちゅうあるし、それ自体はいいのだが、友人からの手紙に「北鮮」の文字を見つけただけでそこへひとっ飛びするのは単なる勘違いである。
「日本人のその世代の人が朝鮮半島北部の国家をさして「北鮮」と呼ぶのは、差別とも歴史認識とも何の関係もない。現在の日本人が朝鮮民主主義人民共和国のことを「北朝鮮」と呼んでいるのと全く同じである。「北朝鮮ではなく正式国名で呼ぶべし」という議論は現在もあるが、それは差別云々とは関係がない。ところが、この記事の中でも岩垂は、前掲の『朝鮮人差別とことば』から以下のような文言を引いている。
日本の体制側は分断された一方の韓国の政権にのみ正統性を認めようとする政治的意図から、「南鮮」という言葉の方はしだいに「韓国」におきかえながら、一方の「北鮮」をそのまま使い続け、そこに共和国を国家として認めまいとする意図を露骨に示した。このような政治的影響のもとで、とりわけ日韓条約前後から「韓国」「北鮮」をセットにして使う言葉の使い分けが拡がってゆき、「北鮮」が、最もひんぱんに用いられる現代差別語の典型となっているのである
これは北朝鮮本国あるいは総連の言い分をそのまま代弁しているだけである。国家体制がどの国に正統性を認めるかという話と差別云々はそもそも無関係であり、そのことと「北鮮」という用語の使用はさらに関係がない。「北朝鮮」を差別語とする立場も同じ理屈から導かれるのだが、そもそも韓国政府は北朝鮮を国家として認めていないために朝鮮民主主義人民共和国を指して「北韓」と言うわけで、韓国籍を持つ在日韓国人だって公式には北朝鮮を国家とは認めていないことになっている。しかしそれらが北朝鮮への差別になるわけではない。
日本語話者は、ドイツが東西に分かれているときは東ドイツ・西ドイツといい、アメリカ合衆国の国土であるハワイを単にハワイと言い、ロシアの一部を「北方領土」と称してきたのである。「北朝鮮」「北鮮/南鮮」という語は、それらと同様の用法にすぎない。
つまりこれは第一義的には日常レベルでの国名呼称習慣の問題にすぎず、第二義的には国家間の政治的・外交的な都合にすぎず、差別とも「歴史認識の希薄さ」とも何の関係もないのだ。差別の問題でないことを差別の問題に偽装して語るのは極めて悪辣な欺瞞である。
この世代の人の「北鮮」の用法に一般的にいって差別的ニュアンスなどなかったことは、よど号ハイジャック事件で田宮高麿が書いた声明文に、北朝鮮を称して「北鮮」とあることからもあきらかである。これから飛行機をハイジャックしてまで渡航を切望し、革命の先達として自分たちに訓練を施してほしいと思っていたよど号ハイジャック・グループが、相手国を「差別」していたなどということはありえない。
逆に、70年代に描かれた『はだしのゲン』にはゲンや周りの大人たちが朝鮮人を侮蔑し、差別する描写が頻繁に登場するが、ここで使われている言葉は「鮮人」ではなく「朝鮮人」あるいは「チョーセン」である。「北鮮」という言葉は、朝鮮戦争が起きた経緯についてゲンがクソ森に解説しているときに「北鮮軍」として出てくる。朴さんがゲンの家の裏に住んでいた原爆投下前ならともかく、この時期になってゲンが朝鮮人に差別的な感情を抱いてこの言葉を使ったと解釈する人はいないと思う。
すなわちこれらのことから言えるのは、
- 「北鮮」「鮮人」といった略語は日本語として通常の造語法に基づくものであり、それ自体が「差別用」の「語」なのではない。
- 少なくとも70年代前半までは、「北鮮」という言葉は差別的とは みなされなかった。
- 「北鮮」「鮮人」ともに、当然ながら朝鮮人を蔑む場合にも使用された。
- その用法は現在の「北朝鮮」「朝鮮人」と全く同じ。
「北鮮」「鮮人」といった言葉は、戦後の朝鮮人差別の中で差別者から被差別の当事者に向けて使われたために「忌まわしい語」と考えられるようになった。「朝鮮」ですら、80年代にはなにか声をひそめて言わなければならない雰囲気が確かにあった。同時に、当時は韓国と北朝鮮の政治的対立によって在日朝鮮人や朝鮮語をどのように呼ぶかが論議の的となり、折衷案として「在日韓国・朝鮮人」がPolitically Correctであるとされ、NHKの朝鮮語講座は開講にあたって番組名に「韓国語」も「朝鮮語」も使わず、「ハングル講座」とした。そうした中で、死語となりつつあった「北鮮」「鮮人」に、すべてのスティグマが押しつけられたのだった。
もう一度強調しておくが、「つくられた負の物語」を原因としていたとしても、「北鮮」「鮮人」といった呼称を好まない人が多いということは事実であり、そのことは重視すべきである。しかし、「北朝鮮」といった呼称についても同様に「差別語」だとする人はいる。そう考える人の前では当然使用を控えたほうがいいに決まっているが、だからといって「北朝鮮」をメディアやIMEから抹殺してしまおうなどという発想にはならないはずだ。
「北鮮」「鮮人」「支那」といった語は、多くは同様の事情によって忌避されているにすぎないのであり、「元から差別的な意味を持っていた」のでも「差別用」につくられた言葉でもない。まして国語辞典において「卑語」の範疇に入れてしまうのはまったくの誤りである。
「差別語」を糾弾するにせよなんにせよ、扱う場合にはそうした歴史的経緯を踏まえた上での議論をしなければいけない。「差別に使われたから差別語」といった稚拙な論理では、より悪辣なバックラッシュを招く要因になりこそすれ、差別の解消には何の役にも立たないと思う。
Notes
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