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Friday, February 26, 2010 Thursday, February 25, 2010
Wednesday, February 24, 2010

Gil Scott-Heron “Me and The Devil”

Riot Sounds Produce Riot

(アタリ・ティーンエイジ・ライオット”60 Second Wipe Out” [1999] のライナーノーツより抜粋)

アタリ・ティーンエイジ・ライオットのファースト・シングル “Hetzjagd auf Nazis(ナチを捕まえろ)” がリリースされたのは、<ロストック事件>の2週間後だった。<ロストック事件>とは、1992年の8月に旧東ドイツの港湾都市ロストックの難民収容施設が住民によって襲われた、戦後最悪と言われる外国人襲撃事件で、ターゲットになったのはルーマニアやポーランドから難民としてやってきたロマ人(いわゆるジプシー)たちだった。同じ年の11月にはメルンでトルコ人一家放火という悲惨な事件も起こっている。

ベルリンの壁崩壊の感動と興奮から醒めつつあったドイツ社会は、当時急激に右傾化しつつあった。ドイツ統一前の89年にはわずか264件だった極右による暴力事件の数は、92年にはおよそ10倍の2584件に跳ね上がっている。西との経済格差の激しかった旧東ドイツ地域をそのまま抱え込む形で実現した統一ドイツでは、経済状況が悪化し失業者が激増した。そして、そうした不満のハケ口が、「ヨソ者」である移民や難民への暴力という形で噴出するようになったのである。特徴的だったのは、ロストック事件にしてもメルンの放火にしてもそれがごく一部の行きすぎた極右ネオナチ組織による犯行ではなく、ごく普通の市民によるものだったということだ。そしてさらにおぞましいのは、それを傍観していた人達も政府も、これらの事件に対して声を大にして非難したり行動を起こすことはなく、むしろ襲撃された外国人の方に非があると考える人が多かったことである。

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Atari Teenage Riot  “Hetzjagd auf Nazis”